赤塚高仁ブログ「これでいいのだ!」

トルコは世界一の親日国

2012年07月02日

 和歌山の親友、島村不二夫さんからたくさんのパンフレットが届きました。

オリベックスクリームの宣伝かいな、と開封するとこう書いてあります。

「特定非営利活動法人 エルトゥールルが世界を救う」設立、サポーター募集中。

エルトゥールル号の物語が、映画になることも決定し、広く日本中に伝えるためのNPO法人が立ち上がり、不二夫さんは、監査役になられたそうです。

 

 エルトゥールル号の物語とは、こういう話なのです・・・

明治23年、オスマン・トルコ帝国の親善使節団が明治天皇の謁見を終え、帰国の途中、656名を乗せたエルトゥールル号が台風のため、和歌山県串本町大島沖で沈没しました。

大島の男たちは遭難者を助け、冷たくなりかけていた負傷者には、裸になって自分の体温で暖めました。

女たちは、不眠不休で介護や食事の世話をしました。

貧しい村でしたが、非常用の鶏などあるものすべてを出し切りました。

後に、島の人々は当たり前のことをしただけだと、救援の費用の受け取りを拒んでいます。

元気になった生存者69名は、日本の軍艦「金剛」「比叡」で、全国各地から集まった義捐金とともにイスタンブールまで送られたのでした。

  それから、95年後の昭和60年3月、イラン・イラク戦争で、イラクのフセイン大統領は3月19日以降、イラン上空を飛ぶものは、民間機でも打ち落とすと声明。

他国の人々は、母国の特別機で脱出する中、日本人215名がテヘラン空港に取り残されました。

日本の航空会社は、「乗務員の安全が保証されない」という理由で迎えに来ませんでした。

あわや時間切れというときに、トルコ航空の救援機が日本人全員を救出しました。

トルコ航空は、「日本人の安全の保証がなかったから」救援機を出したと答えています。

トルコでは、エルトゥールル号の物語がいまでも教科書に載り、トルコの人々は明治の日本人の献身的な救援への恩を忘れずにいてくれているのです。

トルコの国民の75%が日本に親しみを感じるという、世界一の親日国なのです。

 

 いやー 知らないってことは、罪ですね。 

島村不二夫さんから届いたパンフレット、送ります。

サポート4649。

狭き門から入れ

2012年07月01日

 澤田さんと初めて出会ってから一年が過ぎました。

最初の半年は、遠巻きにながめながら「すごいパワーやな~」と話を聞いていました。

澤田ファミリーというコアなメンバーの元気っぷりと、彼らの稼ぎっぷりに度肝を抜かれると同時に、羨ましさも感じていたのでした。

あるとき住環境の勉強会の後の懇親会で、澤田さんはこう言いました。

それは、勉強会の会員の中に、「澤田さんが澤田ファミリーだけにえこひいきをしている」という批判、やっかみがあることを知って、門戸を開こうと思ってくださったのでしょう。

「今日は、ファミリーは俺の回りに来ること禁止。質問とか、学びたいことある人誰でも来て下さい。」と。

ワシ、澤田さんの前に座りました。

ところが、批判したり、えこひいきだと文句を言っていたはずの人たち、誰一人澤田さんのそばにきません。

そもそも、澤田さんは、ボランティアでその会に関わっておられるので、指導したりする義務もないわけです。

ワシは、二言三言、澤田さんと話したでしょうか、懇親会の会場で澤田さんとワシの周りにエアポケットができたようでした。

しばらくして澤田さんは、「ちょっと行って来ます」と澤田ファミリーのいるところに向かわれました。

「また帰ってきてください」と言うワシのところに戻ってこられることはありませんでした。

今思えば、怖いもの知らずだったのでしょうか。

しかし、心の深いところで求める気持ちがあって、その思いに突き動かされたのだと思えます。

批判したり、評論することは難しいことじゃない。

でも、澤田さんが絶賛するこのリーダーのように、狭き門から入って具体的に実践した者だけが立てる場所があることを見せられました。

澤田ファミリー、皆、成果を出しています。

工務店の世界で、経常利益あげている会社はほとんどありません。

つまり、トントンか赤字経営。

その中で、澤田さんが関わるとみんな黒字になるどころか、3%の成功者の世界に入れられるというのは奇蹟以外のなにものでもありません。

そして、それはマジックでもなく特別な企画でもなく、本当にシンプルな原理原則によって導かれます。

 

「みんながよくなるように、

  造り手の都合ではなく、住まう方の都合へと視座を移すこと」

 

 今年の初め、澤田さんから「赤塚さん、一緒にやりませんか。」・・・

その一本の電話が、ワシの運命を変えました。

 

ワシは、欠点だらけでどうしようもなく弱い人間です。

いざというとき、いつも逃げてきました。

メ~メ~と家畜のヤギの様に誰かに、何かに依存して来たようです。

お金のことを考えることからも逃げてきました。

でも、考え方を変えました。

「すべては住まう方の笑顔と健康のため」

社員を大事にして、いい会社にする義務があります。

「神様が宿る家」という誰にも負けない本物の商品を与えていただきました。

 

 今日も澤田さんは、血を吐くような思いでセミナーをしておられます。

そのことを考えると胸が熱くなります。

そして、なぜ胸が熱くなるのか、語らなくてもわかりあえる仲間があること。

それが、生きていることの懐かしさであり、幸せと呼べるものなのかもしれません。

「金ぐらい儲けてください」  そう言うリーダーが、お金で買えないものの大切さを一番ご存知であることに、ワシは尊敬の念を抱かずにはいられないのです。