お墓参り
お盆休みになった途端に風邪をひき、昨日一日中引きこもり、一歩も家を出ませんでした。
こんなものですね。
カラダがだんだんムリきかなくなってきました。
でも、疲れた足は
歩いて治す。
今朝は、お墓参りから一日が始まりました。
一緒に過ごしたひとときが走馬灯のように巡ります。
一緒に過ごしたことのないご先祖様もいっぱいいらっしゃる。
そして、
みんな青空の彼方でつながっている。
ありがとうございます。
お盆休みは、ひたすら英霊のみたまに感謝捧げて過ごします。
植村眞久命
東京都出身 海軍第十三期飛行科予備学生
昭和19年10月26日没(満25歳) 海軍大尉
昭和19年10月26日、「第一神風特別攻撃隊大和隊」隊員として「爆装零戦」に搭乗、
比島セブ基地を出撃、スリガオ海峡周辺洋上にて戦死。
「素子 素子は私の顔を能く見て笑いましたよ。
私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。
素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳代叔母様に私のことをよくお聞きなさい。
私の写真帳もお前のために家に残してあります。
素子という名前は私がつけたのです。
素直な、心の優しい、思いやりの深い人になるようにと思って、お父様が考えたのです。
私はお前が大きくなって、立派なお嫁さんになって、幸せになったのを見届けたいのですが、
若しお前が私を見知らぬまま死んでしまっても、決して悲しんではなりません。
お前が大きくなって、父に会いたいときは九段にいらっしゃい。
そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。
父はお前が幸福者と思います。
生まれながらにして父に生き写しだし、他の人々も素子ちゃんをみると真久さんにあっている様な
気がするとよく申されていた。
またお前の伯父様、叔母様は、お前を唯一の希望にしてお前を可愛がって下さるし、
お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。
必ず私に万一のことがあっても親無し児などと思ってはなりません。
父は常に素子の身辺を護っております。
優しくて人に可愛がられる人になって下さい。
お前が大きくなって私のことを考え始めたときに、この便りを読んで貰いなさい。」
もうすぐ敗戦の日が来ます。
いまの暮らしがあるのも、命のかえても祖国を護ろうとしてくださった先輩たちのおかげです。
ありがとうございます。
ただひたすらに感謝申し上げます。