仰げば尊し
2018.07.20
我が師、糸川英夫は明治45年7月20日
東京に生まれました。
明治、大正、昭和、平成と86年をこの世で過ごし、
天に帰ってゆかれました。
「隼」戦闘機、「鍾馗」戦闘機を設計し、
ペンシルロケットから宇宙開発を興し、
組織工学研究所所長として日本初のシンクタンクを立ち上げ、日本とイスラエルの橋をかけ、
100冊以上の著書を残し、
天才と呼ばれるのを嫌った努力家でした。
私が先生と過ごしたのは、
先生が76歳から、
最後の骨を拾わせていただくまでの10年という時間。
29歳でイスラエルに連れて行ってもらったのが、
人生の大転換となったわけです。
あれから30年、
いろんなことがありましたが、
あっという間に過ぎました。
先生と別れて20年。
ここからまだ私の旅は続きます。
糸川英夫という人が、
この世に生まれてくださって、
出会ってくださって、
叱ったり、褒めたりしてくださり、
導いてくださって、
いまの私があります。
神さまありがとう、
私に糸川英夫先生を会わせてくれて。
先生ありがとうございます。
生まれてきてくださって。
誰かが決めた記念日より、
今日は私の祝日なのです。
親子でも、
子弟でも、
真実の対話は、
死に別れてから始まるようです。