夢は叶うもの 思い強ければ
私の大好きな、大野勝彦先生の本のタイトルです。
屈強な男として家族を養い、地域のリーダー、農家の大黒柱として働く45歳、
人生の絶頂期に事故で両腕を失ってしまった大野先生。
絶望のどん底、人生の闇の中に降りてゆき、
そこを通って光に出た。
その大野勝彦先生の「夢は叶うもの、思い強ければ」
是非、お読みください。
さて、
両手を失ってから義手で絵を描き始めた大野先生の夢は、
「阿蘇に美術館を持つ」です。
プロの画家でも自分の美術館を持っている人などほとんどいません。
しかし、大野先生は夢を叶えてきました。
思ったことをことごとく現実に変えてきたのです。
西洋の成功哲学には
「成功とは、あなたにとって価値ある目標を前もって設定し、
段階を追って達成してゆくこと」
という定義があります。
つまり、
成功とは、自分の自己実現のことを言うのです。
だから、
目標達成のプログラムや、夢を書きだしましょう、
可能性は無限大だ・・・と、教えます。
「これが私の夢!」と語る人も多いです。
でも、なんだか違和感があり、きっと叶わないだろうな・・・と感じることがあります。
それは、
利他の心のない夢です。
誰からも感謝されない自分中心の願望です。
自分勝手な目標は、夢などとは言えないのかもしれません。
人から「ありがとう」と言われるとか、
神様の役に立つものでなければならないのだと思えます。
自分が嬉しいから、
自分の欲しいものを手に入れたい、
これを「夢」とよんでいる人があります。
自分だけの身勝手な願望など、神様はお許しにならないでしょう。
もしも、
そんな願いが叶ったら、その人にとってこの世は地獄になります。
友達がいなくなったり、
まわりの信用を失ったり、
孤独になります。
「信じられるのは、自分だけ」
「信じられるのは、金だけ」とうそぶいてみても、
この世界は、ひとりでは生きていけません。
信用を無くした世界で生きていると、世間が敵に見えてくるでしょう。
「俺は正しい」と自己主張ばかりしなければなりません。
でも、
それは逆風の中で叫んでいるので、顔が歪んできます。
それを不幸と呼びます
どんな大きな家に住もうが、高級車に乗ろうが、不幸を生きると地獄に落ちます。
天国には人相の悪い人は入れません。
愚痴や泣き言を言っている人もいません。
大野勝彦先生の夢がことごとく叶うのは、
一つとして自己実現や、自分の願望ではないからです。
誰かを喜ばせたい、
ありがとうをたくさん聞きたい、
自分が生きていることで勇気を与えたい・・・
すべて「利他」なのです。
神様がつくりたかった世界を創ろうとする志士に対して、
神様は全面協力してくださいます。
そんな生き方をしている先輩たちの真似をして、私も夢をかなえてゆきます。
人は、幸せになるために生まれてきたのではなく、
人を幸せにするために生まれてきたのだから。
そして、
人が幸せになるのを喜ぶ「利他」の心こそ、
天国へのパスポートなのです。