赤塚高仁ブログ

日曜の朝に想ふ

2016.09.03

熱田神宮での講演会は、150名ほどの方がつめかけてくださり、

熱い場となりました。

「やまとこころのキャンドルサービス」

講演会としての活動は、あと東京と山口の二か所です。

年内で講演活動を終了しますと言ってから、全国の仲間たちが講演会場に来てくださいます。

きっと、仲間たちに灯ったやまとこころの火が、広がってゆくことでしょう。

 

現在、 2冊の本を同時進行して書いています。
1冊は、今日中にはヒカルランドに原稿送らなければならないので、

集中して執筆します。

舩井勝仁さんとの黙示録も波に乗ってきました。

文章がドンドン降りてきます。

 
自分でも思いもよらない人生を生かせていただいていること、

魂から感謝します。

 
私が願ったというより、私に願われていることを歩かせていただいているのでしょう。

幸せです。
どうか、一人でも多くのヤマト人に「祖国を大切に思う心」が届きますようにと祈ります。

 
さて、日曜日の朝、原稿のチェックしながら
ふっと想うことです。

私は、ネットでは「右翼」と位置付けられているようですす。

が、私自身は右翼とは思っておりません。
国粋主義者でもないし排外主義者でもない。
人種差別は許せないし、異文化に対しては寛容でありたいと願います。、

そして、自立した人間、他者への思いやりを持った人間でありたいと念願します。
そんな私が、なぜ国旗や国歌にこだわるのか、

「日の丸・君が代」に反対する勢力を厳しく批判するのか、

それは日本人としての誇り、日本の歴史と文化に対する思い入れにあります。

私は、日本人に生まれたことを心の底から嬉しく思っています。

今の日本の礎を築いてくれた先人たちに深く感謝しています。

日本の歴史、日本の文化、日本の心、ほんとうに素晴らしい。
祖国を愛することは、家族を愛することと何ら変わりありません。
むしろ、その当然のことを疑問視するように洗脳されていることに危惧を覚えるのです。
それは、祖国を失い流浪の民となったユダヤの民から教えられました。

だから日本の歴史を貶め、日本人を侮辱する輩が許せないのです。

食うに困らず、住むに困らず、着るに困らず、たまに贅沢もできる 、そんな生活を享受しながら、
その源にある歴史や日本の心を否定する、こういう連中を私は理解できません。

日本が嫌ならどこの国にでも移住すればいい。
それもせず、日本に守ってもらっておきながら、
日本のパスポートで身分を保障してもらいながら、祖国を悪く言うのはもはや人でなしです。

右とか左の問題ではありません。

人間としておかしい、そう思うのです。

 
もちろん、日本の歴史がすべてにわたって素晴らしかったわけではありません。

過酷な面もあったし悲惨な時代もありました。

が、それはどの国もどの民族も同じ事で、日本に特有のものではありません。
人類の歩みと共に変わってゆくものです。
私たちは、竪穴式住居に住んでいないし、石器も使っていません。
人類の進歩とともに、我が国も変容しています。
すべてがみな移り変わってゆきます。

そのなかで、2670年以上の建国以来の歴史を持つ国は日本以外ありません。
日本の歴史が続いているのは、日本がいい国だからです。

 

日清・日露、そして大東亜戦争、これらは日本が生存するためのやむを得ない戦いでした。
黒船の外圧により、国のカタチを変えながらも、
国体を変えずに、大切なものを忘れずに白人世界に屈しなかった日本を、白人世界はどうしても支配したかったのでしょうか。

米国と戦争するように追い込まれてゆきました。
あの状況では、たとえバチカン市国でも戦争に突入しただろうと、マッカーサーまでが言っています。

米国と開戦したことが正しい選択だったのか、いまさら議論することは不要でしょう。
これは結果論です。
そのときの精一杯の選択の上で、私たちは今日と言う日を生きています。

満州事変、日支事変と、大陸での戦いにはまり込んでいったことも同様です。

朝鮮を併合したことも、当時としては当たり前の選択であり、やましいことは何もありません。

もっとも、投資の割りに見返りが少なかった、という点は日本にとってはマイナスでした。

朝鮮半島や台湾に対して行った投資を、東北地方や北海道に振り向けるべきだったのかもしれません。
しかし、台湾はそのことを理解し、日本に対する良き感情をもつ、心ある人たちです。
一方で、台湾以上の投資をしてもらいながら感謝のかけらもないどころか、
いまだに文句ばかり言う民度の低い国があるのも事実なのです。

何が本当か、自分で知らなければいけません。
今の日本人は、あまりにも"国"に対する意識が希薄すぎます。

だから国旗や国歌に無関心なのです。

私の両親の世代は、まだ"国"や"国民"という意識がありました。

独立自尊の精神も旺盛で、日本の心を持っていました。

それが、戦後教育を受け始めた世代あたりから急速に変わっていくのです。
と、いうよりも祖国に対する誇りを奪う教育が成果をあげてきたと言っていいでしょう。

これは、GHQによる徹底した「やまとこころ」の排除が大きく影響しています。

GHQは、日本と日本人に対して武装解除だけではなく精神的解除まで実行したのです。

そして、共産党をはじめとする左翼勢力を自らの先鋒として利用した。
教育の世界に真っ赤な人々を放り込み、日教組という恐ろしい洗脳集団で子どもたちをダメにしてきました。

この間に社会に浸透した左翼思想が、その後の日本人の精神形成に大きな影響を及ぼしました。
戦前の価値はことごとく否定され、戦前の良いところさえ無視される、

明治維新以降の日本の歴史は"侵略の歴史"で、旧軍は極悪非道、

これが定番でした。

だから自民党も「現行憲法の自主的改正」を綱領にに掲げながら、そんな言葉は一言も発することができなかったのです。

これでは国民が国家に対する帰属意識をなくし、国旗や国歌に敬意を払わなくなるのも当然です。

 

従軍慰安婦、強制連行、創氏改名の強制、南京虐殺、沖縄戦の自決強制、すべて?が付くことばかりですが、ごく最近まで子供たちが学ぶ教科書に事実として載っていたのですから驚きです。

ほんとうに自国の歴史を貶める教育をする国なんて、世界中探して日本以外見つけることはできません。
中韓や左翼は、よく「日本はドイツを見習うべきだ」と言います。

が、ドイツは戦争についての謝罪はしていません。

ワイツゼッカー大統領(当時)の「罪のある者もない者も、老若男女いずれを問わず、われわれすべてが過去に責任を負っている」という言葉がよく引き合いに出されます。

が、彼はナチス(罪のある者)と国家・国民(罪のない者)を見事に区分けしています。

国家・国民にも責任はあるけど、罪はナチスにある、と言っているに等しいのです。

ブラント首相(当時)の謝罪もよく取り上げられます。

が、彼は「ワルシャワのユダヤ人ゲットー跡地で跪いて献花し、ナチス・ドイツ時代のユダヤ人虐殺について謝罪の意を表した」のであって、ポーランドに対して戦争を詫びたわけではありません。
つまり、ナチスがユダヤ人に対して犯した罪については謝罪していますが、戦争行為そのものについては謝罪していない、あるいは責任は認めているがナチス以外の罪は認めていないのです。

責任だけを認めたのは、ユダヤ人や東欧諸国への賠償責任からは逃れられないから、ということです。
さて、執筆活動に戻ります。
今日は予定がすべてキャンセルになり、じっくりと原稿と向かい合う時間に恵まれました。
ビールを飲まないように気をつけます。

楽しみにしていてください。
とてもいい本になります。

PAGE TOP