神さまのサインに気づくために
ライフワークを生きるのは、
自分の役割を喜んでいきることだと思います。
その役割に気づくにはどうすればいいか?
正しい答えなど、
どこにもないのでしょう。
役割が人それぞれ違う以上、
誰かの意見が正解だということもあり得ません。
自分の修業時代はこうだった!と、
頑なに滅私奉公をさせて人を育てる道もあります。
職人や僧侶などには良いレッスンかも知れません。
でも、
それで潰れてしまう人生もありますから、逃げるときは本気で逃げましょう。
大切なことは、
信頼しても「依存」しないことですね。
いろんな人間関係を通して、
自分を知ることから始まるのです。
自我が確立しなければ、
出発点に立てません。
まず、
自分勝手に作り上げた
「私」という錯覚が出発点です。
その「私」が死ななければ、
神の国には入れない、とイエスは言います。
一度自分を捨てると、
視座が変わり、視野が広がるのです。
だから、ライフワークに気づくためにはある程度人生経験が必要になります。
また、
この生で、
肉体をもったリアルな人間として
「どこまで体感可能な至福を享受できる生き方ができるか」
という許可を自分に与えることも大切ですね。
誰と比べるのではなく、
「あーこんな喜びがあったんだ。
あーこんな感謝があったんだ」
という感覚を見つけるのです。
出来事に無駄なことはありません。
その中に隠れている「サイン」に気づくのです。
見過ごさない。
「ライフワークを喜んで生きる」
そう決めるのです。
すると、サインに気づくようになります。
でも多くの人は、「恐れ」がはりついていて、決められないようです。
ライフワークを生きるプロセスは、今回生まれてきた大事な仕事です。
何よりも大切ですね。
ただ、ライフワークとは、自分のやりたいことが叶うこと、とは次元が違います。
願うことが叶うのではなく、
願われていることを果たすのです。
だから、
ありのままの自分でいい、
と、
安易なスピリチュアルな世界に引きこもっていないで、恐ろしさ満載の人間関係の中で遊びましよう。
その中で役に立ってゆくことです。
誰にも出来ない自分の色彩で。
その
強い力を、人はひとつずつ持って、
この世にやってきました。
ライフワークを喜んで生きるのは、
神の喜びであり、最高のご先祖供養です。
「私は、ライフワークを喜んで生きる」
と声に出してみてください。
あなたの背後で待ち構えている、守護霊が拍手していますから。
幸せになるのだ。