聖書塾へのお便り
「謹啓 赤塚高仁 様
この度はセミナーを受講させていただき、誠に有難う御座いました。
渾身の全10回のご講演、お疲れ様でした。
私は伊勢神宮崇敬会会員で、毎年、神宮に参拝しております。
内宮早朝参拝の折、案内を務める神宮会館の方から天皇のお仕事は祈りであり、
「あめのした よものくに おほみたから ひろくさきはえたまえともうす」
という祈りの言葉をご紹介いただきました。
会館に戻ると妻が、漢字でどう書くのかと尋ねるので、手元のスマホで検索して出てきたブログを気にも留めず手渡しました。
東京に戻り出勤するとき妻が、
「今日のエイトスターダイヤモンド木曜会は伊勢のブログの方の講演だ」
というのです。
(私は勤め先が四谷にあるので、関心あるテーマの時は木曜会に行っております。)
伊勢の神さまの話が聞けるのかと思い行くことにしました。
その日の木曜会の赤塚さんのお話は、最初は笑いに満ちていた会場が、ペリリュー島の話に入ると静まり、次第に目頭が熱くなり、胸に熱いものがこみ上げてきました。
今思うと、私の心に火が灯った瞬間でした。
強烈な余韻から週末に赤塚さんの過去のブログを全て読みました。
ブログに安倍昭恵夫人を「あんでるせん」にお連れしたことが書いてあり、
私も今年の1月に夫婦で初めて長崎の「あんでるせん」を訪れました。
そのときにお店の壁に貼ってあった昭恵夫人のポラロイド写真をスマホで撮っていたのですが、改めて見ると夫人の隣に赤塚さんが写っていたことに気づき驚きました。
そして、より話を聞きたいという思いがつのり、早速、聖書塾に申し込みました。
こうしてみると伊勢の神さまが聖書塾とのご縁を結んでくださったのだと有難く思っております。
私はイスラエルには5年前に旅行会社のツアーで訪れていたこともあって、聖書を学ぶことに抵抗感はありませんでした。
今回、聖書塾で学んで一番よかったことは、まず『楽しかった』ことです。
そしてこれまで何冊も聖書の解説書を読んでも腑に落ちず、聖書を読むことに挫折してきた自分を責める必要がないことを納得しました。
聖書は手ほどきがないと読めないということがわかりました。
そして、聖書は宗教ではなく、信仰として読むものだということを教えていただけたことが、今後、聖書を読んでいく上での大きな収穫でした。
また、第8回と最終講義で、赤塚さんご自身のお話は胸に迫るものがありました。
これまで体験されてきた過去のつらい出来事を笑いにして話されている姿を見て、パウロとの出会いによって、普通では到達できない、これまでの出来事すべてに感謝をされていることが伝わってきました。
ご紹介いただいた聖書の言葉では、テサロニケ第一の手紙第5章16-18
「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について感謝しなさい。
これがキリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」
が、私にとって一番大切な言葉になりました。
自分で聖書を読んでいれば読み流してしまったと思いますが、赤塚さんから紹介されて、この言葉の意味が初めて心に伝わってきました。
以来、胸の中で反芻しています。
そして最終回で赤塚さんがさらりと語られた、
「神を迎え入れるには自分に死ぬこと」という言葉は、禅の教えと同じだったので、
聖書の学びで聞くとは思いもよらず、聞いた瞬間、全身に電気が走りました。
赤塚さんの「やまとこころのキャンドルサービス」という言葉は、キャンドルに火が灯っているイメージが浮かんできてとても素敵です。
小林正観さんは全国を講演しながら、仏教を語らずしてお釈迦様の教えで多くの人の心に灯を灯してきた方でしたが、神さまは、正観さん亡き後、赤塚さんにキリスト教を語らずしてイエスの教えで同じ役割をお任せされたのだと思います。
そしてお二人の話に共通しているのは笑いです。
お話を聞いた後に心がほぐれて温かくなり、そして浄められることです。
この度はご縁をいただきまして誠に有難う御座いました。
心より感謝申し上げます。 東京 H.S 」
東京聖書塾に通ってくださったH.Sさん、ありがとうございました。
聖書の旅は終わらない物語です。
読めば読むほど深まってゆくし、読むたびに違う世界に気づかされます。
新しく始まる東京聖書塾に、また学びに来てください。
そして来年は、
札幌、名古屋、関西でも塾を開催します。
なぜなら、
いまほどにヤマト人が日本人であることに覚醒しなければならないときはないと感じるからです。
明治維新のときのように、大和魂に灯を灯して一人ひとりが燃えるとき日本は変わる。
ひとり変わる、
みんな変わる、
世界が変わる。
聖書がわかると世界が見える。
イエスを人生に迎え入れるのは、キリスト教と関係なく、よき友を得ることでもあります。
イスラエルが生んだ史上最強のスーパースター、イエス。
彼を伝えるのは、私のライフワークです。
魚に水が見えないように、
日本人に日本が見えません。
だから、聖書に学び、日本に目覚めるのです。
ユダヤという視座を持つことで人生が劇的に変わります。
面白いことに、
聖書が分かると古事記もすらすら理解できるようになるのです。
神話の読み方のコツが学べるからでしょうか。
神主さんはイスラエルに行ったり聖書を学んだりしませんし、
牧師さんは神宮で禊ぎしたりしませんから、私が統合させてもらうことにしました。
インドにも5度行き、お遍路もまわり、仏教も長く学びましたから、仏陀の智慧も統合しましょう。
すべてはつながっています。
聖書塾のお問い合わせは、赤塚建設HPで