明治天皇崩御100年
大政奉還、武士の世の中から近代日本へと導いた偉大な天皇。
天に帰ってゆかれて、今年で100年を迎えます。
明治天皇は、強烈な個性の持ち主でいらっしゃったようで、重臣たちの記録から、そのお人柄がうかがえます。
明治天皇は、能が大好き、写真が嫌い、お風呂も嫌いで、大酒飲みだったそうです。
生涯で、10万首の和歌をお詠みになりました。
立憲君主国の君主としての義務感を強くお持ちになっておられながら、ご自身の業績や、評価には全く無関心でした。
国会には必ず臨御なさり、熱心に閣議に耳を傾けるも、一切御発言はなかったといいます。
それでも、天皇が凛としてお座りになっていらっしゃることで、どれほど議員たちが緊張感を持って国のことに取り組んだことでしょう。
そんな空気感のなかで、大日本帝国憲法の草案も審議されたのですね。
明治天皇は、宮殿での儀式を洋式に変えるなど、西洋文明を積極的に取り入れた反面、忘れてはならない大和魂のために教育勅語を発布されました。
日本の伝統を尊重することに尽力されました。
日清戦争の際には、明治天皇は宮廷費を削減して戦艦を作る費用にあてるように指示なさりながらも、宮中祭祀や皇祖皇宗を祭る費用の削減は一切お許しになりませんでした。
祭祀、先祖供養、親孝行を何より大切になさり、教育勅語をみずから率先して実践しておられたのでした。
明治天皇の贅沢嫌いは徹底していたそうです。
軍服や靴も修理を命ぜられるのみで、決して新調をお許しになりませんでした。
天皇の心は、常に国民とともにありました。
生涯を通して、いかなる苦痛や体の不調を訴えたことがなかったといいます。
また、明治天皇は大の戦争嫌いでした。
日清、日露 いずれの戦争にも反対なさり、華々しい戦果が伝えられても表情一つ変えられないばかりか、日露戦争の旅順攻略のときには、敵の将軍ステッセルの名誉を損なわないように命じられました。
よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ
この御製に、明治天皇のお心があらわているのではないでしょうか。
明治は、国際的にも優秀な政治家が、命を懸けて国のために政治をしました。
明治天皇は、重臣の能力を見抜き、的確に信任激励して勇気と力を与えました。
明治天皇なくして、我が国の近代化はありませんでしたね。
明治天皇の願い、教育勅語を取り戻したいものです。