何を食べるかより、誰と食べるかでしょう
フェイスブックで「ぼくが菜食をやめたわけ」という連載を読みました。
食にこだわり、マクロビオティックで宇宙につながる生き方を目指しておられた筆者が、いつしか栄養失調になり、
肉を食べたら体調が劇的に改善されたという内容でした。
臨場感もあり、実に胸に迫る文章ですから御一読をおすすめします。
菜食が善で、肉食は悪といった風潮の中でのメッセージは、私たちに何か大切なことを訴えています。
30年近く前に体調を崩し、ひと月余り入院したことがありました。
針治療の先生から勧められたのが、桜沢如一さんの「無双原理・易」という一冊の本でした。
陰陽で宇宙の秩序を解き明かし、玄米生食を中心とした菜食ですべての病気を治してしまうという驚くべき本でした。
ハマりました。
桜沢さん・・・ジョルジュ・オーサワとして世界に知られたマクロビの元祖の本をすべて読みました。
とりわけ「宇宙の秩序」「魔法のメガネ」は深く感動し、何十人という友達に贈りました。
食を変えて、人生を変えよう。
食い改めるのだ! と、玄米とゴマ塩、味噌汁に梅干し以外食べない生活が始まったのです。
肉は一切やめて砂糖も断ちました。
肉と言っても、オーサワのマクロビオティックは動物一切をいいますから小魚までダメです。
お客様と食事で店に入っても、ざるそばを頼んで、いつも持って歩いていた昆布と椎茸でとった出汁で食べました。
お店のつゆには鰹節、煮干しなどの動物性が入っているからです。
肉や白砂糖を取る人たちは、罪びとだと思えるくらいに徹底しましたね。
白米も食べませんでしたから、外で食べるモノがないのです。
コンビニにあるモノは100%食べられませんでした。
コーヒーも陰性ですから飲みません。
3か月もすると、友達も周りにいなくなってしまいました。
それでもいいのです、運命が変わり、宇宙の秩序がわかるのならば。
夏には、玄米生食の人たちの集う合宿にも出かけてゆきました。
食事の際は、一口最低100回は噛むのですから、一切会話もありません。
そうです、「健康のためなら命もいらない」といったすごい人たちの集いなのです。
確かに身体はスッキリして軽くなりましたが、気持ちは重かったように思います。
食事の際には、これはいい、あれはだめ・・・だめなものを摂った時の罪悪感が立ち上がって来る感覚を覚えています。
ところで、風邪薬の説明書に、「15歳以上 食後30分以内に3錠お飲みください」と書いてありますが、おかしいでしょ?
15歳のJKと横綱白鳳、どっちも15歳以上ですが・・・どっちも3錠?
自分に本当に必要なものと、必要な量って自分以外わかりっこないのでは?
自分が一番わかっているはずだし、言い換えたら自分以外に自分のことわかる人などこの世にいるわけないでしょう。
にもかかわらず、私たちは答えを外に求めます。
自分について教えてくれる人に依存し、教祖様の言うことを聞きたいという誘惑にかられます。
あまりに多くの「情報という名のノイズ」が溢れる今だからこそ、私たちは、
自分の体と寄り添い、心を観察し、本当に必要なものを自分自身の体に聞くことが何よりも大切なのではないかと思えます。
もちろんマクロビオティックは、あっけなく数か月で挫折しました。
私にとって、何を食べるかよりも誰と食べるかのほうがはるかに大切だと気づいたからです。
もっとも、しばしば断食をして玄米にもどる日もあります。
それは、いま玄米が必要だと感じるからです。
「玄米が良くて、肉食が悪い」
そんな二元論の輪廻から解脱して、ちょっとくらいの汚れものならば残さずに全部食べられるくらいがちょうどいい。
誰と食べるかはとても大事なことです。
旅も何処へ行くか以上に、誰と行くかが大切です。
今日も出会った目の前の人を喜ばさずにはいられない私が、自分からいい日にします。
生かしていただいてありがとうございます。