長所を伸ばすというけれど
2012.04.24
欠点を直すことは難しいし、へたをすると相手をつぶしかねないですね。
そのことが、この人のブログに見事に書かれています。
欠点も、長所も、どちらも「癖」ですよね。
長所といえども癖です。 この癖を伸ばすことによって、悪いほうの癖もその大きさの中に隠れてしまいます。
苗の時に曲がっていても、大木になればまっすぐになるようなものでしょうか。
その隠れてしまった癖は、実は、その人の味わいであり魅力となるのでしょうね。
そして、その癖が魅力となり、芸術や文化となるのならば、欠点こそが魅力の本質なのかも知れません。
ただし、長所が伸びて大木となったときにこそ、癖が飾りとなるのであって
小さな木が、欠点を誇るのは見苦しいと言えましょうか。
癖を直すのも、切ったり、やすりで削ったりするのでなく、長所を大きく伸ばして、癖が飾りものになるようになればいいですね。
自分が小さな木のうちは、人の欠点に目がゆきがちです。
人の欠点が、飾り物に見えてくるようになれば、自分の命の木も大きくなったと思ってよいのかも知れません。
素敵な人って、いい意味でどこか足りないとこがありますよね。
それが、魅力だと思えます。
話せば話すほど、飲めば飲むほど面白くなってくるのが、ちょっと悪い人。
いわゆる癖のない、型にはまったおりこうさんはつまらないです。
真面目な、常識的なものでは新しい扉の突破は難しいのかも知れません。
真面目以上の、より高度な愚かさという魅力が、人を惹きつけるようです。
人を退屈にさせる真面目さよりも、深い知性と謙虚さ、そして霊性に満たされた愚かものになりたいです。
人間は、ただ歳をとるだけでは哀しい
どこまでも成長し続けなければなりませんものね。