赤塚高仁ブログ

憲法改正は国民の願い

2015.11.07

 腰が痛いのは、神様からのメッセージ。

少しカラダのこと気をつけなさい、って。
日曜日は、ちょっとペースを落として家で過ごします。
私が魂から尊敬する鍵山秀三郎さんから、憲法改正のこと聞かされました。
全く当然のことですね。
でも、こんな当たり前のことがわからなくなっている。
国があるのが当たり前。
恵まれ過ぎると、人は不幸になるのかも知れません。

「私たちは今、日本国民として安全で安心な暮らしをしています。
しかしそれは限られた条件の中だけのことであって、日本を取り囲む周辺国を含めた、
東アジア一帯の中の日本人としては安全ではないことを、
日常的に発生している事実が教えてくれます。
 こうして平穏に暮らしている今も、日本の何処かで国土が侵食され、
領海、空を侵犯されています。
善良な国民が白昼堂々と拉致されていて、ご本人は勿論のこと、
ご家族を不幸に陥れていることも周知の事実です。
 日本の領土・海空が侵犯されていても、いますぐ日本人全体にその被害が及ぶことではありません。
しかし、このことによって、生活の基盤が侵され、生存の権利さえ奪われている人が、少なからず存在しているのです。
 このような悲惨なことは、日本の防衛力が劣っているから起こるのではなく、
日本の実情に合わない憲法が現存しているから起こるのです。
とても不思議なことです。
日本国民を守るために制定されているはずの憲法が、日本国民の危険と不安を増進し、
周辺の無法国を利することに役立っているのですから。
 いまもなお、眼前で起きていることに目をつむり、
自分さえ安全に生きられればそれで良いとしている人が大勢います。
 しかし、自分だけは安全であって、明日から先も安全でありたいと期待をしても、
その期待は保証されたものではないのです。
 その期待に確かな保証をしてもらうために、憲法改正を求めるのは、
国民の一人として、又、子孫を守るためにも当然のことであります。
 塩野七生女史の著作の一節をご紹介します。
『平和とは求め祈っていただけでは実現しない。
誰かがはっきりと、乱そうものならタダではおかないと言明し、
言っただけではなく実行して初めて実現するのである』
 憲法改正こそ、その第一歩であると確信いたします」
目を覚ましましょう。
国があるのは「当たり前」のことではないのです、とユダヤの民は教えてくれます。
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