男一匹、心意気
「お兄さん、また来てくれたの!三ヶ月ぶりね」
女川町の仮設住宅での炊き出しに参加さてもらって、声をかけてもらいました。
地元で最高級の食材を仕入れ、焼肉、焼き鳥、寿司、焼そば、たこ焼き、かき氷、そして飲み物たっぷり。
老若男女、くつろぎ、楽しそうに過ごしてくださいます。
カラオケの機械も準備され、途切れることなく歌が続きます。
朝の4時に埼玉からトラックで資材を積んで、設営、仕込み、炊き出し終えて撤収し、埼玉に戻ると明け方になる。
それが、平塚宏一社長率いるトラストホーム軍団です。
驚くべきことに、今でこそ月に一度(あり得ないデ)ですが、被災直後は、平塚さん、毎週通ってた。
誰にも言わず、できることを黙々と、具体的に動いて、車を届けたり、炊き出ししたりしてた。
しばらくして、そのことが澤田リーダーの知るところとなり、グループが動き始めたのです。
「決して売名行為にしない」
澤田さんのポリシーの下、復興支援が続けられてきました。
昨日は、ログハウスの職員宿舎を寄贈する竣工式でした。
女川町は、町がなくなってしまいました。
瓦礫が片付けられ、建物の基礎だけが取り残された何もない世界です。
復興、再生、そして、新生のためにどれだけの時間が必要なのか見当もつきません。
そんな中で、全国各地から役場の手伝いにきてくれる職員さんたちが滞在する施設として、建てられたログハウスなのです。
夜遅くまで、激務で疲れた心身を癒す、木が香るエネルギーの高い住空間をとの願いが込められています。
竣工式の最後に挨拶を求められた、我らのリーダーは、ちょっとだけ照れ臭そうにこう話されました。
「まだまだ、来る途中の景色に、これからの道のりを思うと胸が痛くなります。
自分が動けない時、平塚社長が動いてくれることが本当にうれしかったし、自分は、年間100回のセミナーでの呼びかけや、本の売り上げを届けさせてもらいながら、大勢の人たちの支援の声をも届けさせてもらえたように思えます。
時が経つと、自分の地元でも、被災地のことを忘れてしまっています。
でも、私は、人としてこれからも支援し続けてゆきます。
このログハウスは、小さな建物かもしれませんが、この建物によって、全国に支援している仲間がいることを知ってください。
そして、一日も早い復興を願います。
なにより、まず心が豊かになって欲しいなって思います。」
四分のスピーチでした。
女川町長泣いていました。
ワシも、胸がいっぱいになりました。
今、東北は、ハウスメーカーが受注合戦でシノギを削っています。
復興特需という言葉まで生まれています。
しかし、ここでも、澤田ファミリー平塚社長も、澤田リーダーも、目的はお金じゃありません。一ミリもブレません。
平塚社長は、被災地での建築では、原価で受けると断言します。
女川から、新潟県村上に移動しました。
太平洋から日本海への道中、平塚社長の心意気と、支援し続けている行為に、ただただ頭がさがりました。
よき仲間こそ人生の宝ですね。