ヨナ書
旧約聖書のおしまいのほうに、短い物語があります。
ヨナ書です。
ヨナに神様が臨んで、大きなニネベの町に行って災いが迫っていることを知らせよと言われました。
ところが、ヨナは神様に背を向けて港から船に乗って遠くの町に逃れようとするのです。
神様は、大嵐を起し、船を沈めようとします。
荷物を捨てたり、岸に戻ろうとするのですが、いよいよ危うくなってきます。
とうとう人々は、ヨナを荒れ狂う海に投げ入れます。
ヨナが、神にさからったから海が荒れていることがわかったからです。
すると、海は鎮まり、人々は神を大いに畏れ、神に誓いをたてました。
さて、ヨナは鯨に飲み込まれ、三日三晩鯨のお腹にいました。
ヨナは、その鯨のお腹の中で、魂の底から神様に詫び、許しを乞い、悔い改めをし、祈りました。
「どんな悩みの時にでも答えてくださった主よ、私はあなたの前から追われてしまった。
再びあなたの聖なる宮を望むことなどできようか。
しかし、わたしは、感謝の声をもって、あなたに犠牲を捧げ、私の誓いを果たす。
救いは主に在る」 と凍える暗黒の海底、鯨の腹の中で祈ったのです。
なんと、その祈りは神に届きました。
神は、鯨に命じてヨナを陸に届けさせたのです。
再び、神様の声がヨナに臨んで「ニネベにいって命じる言葉を伝えよ」と
ヨナは、ニネベにゆき、神の言葉を伝え、人々は彼に信じ、町は救われたのでした。
聖書って、いろんなことを考えさせられます。
四千年も前に書かれた人類の智慧の本です、学べば学ぶほど魂に染みてきます。
ヨナが、初めから神様に信じてニネベに行ったとしたら、人々はどうだったでしょうか?
ただ、言葉だけで人が動いたでしょうか?
本気になっただけでは超えられない一線があるのかもしれません。
暗黒の海の底でのヨナの祈り、なんだか今日は胸に響いてくる気がしてなりません。
神様が宿る家という名前をいただいた、奇跡のような恵みです。
ヨナのように、神様に立ち返り、魂からひとびとに伝えられる、そんな祝福の水路とならせていただきたいものです。